2015年6月9日火曜日

『農業講座』第6講、コーベルヴィッツ、1924年6月14日

農作業における個別化対策

自然という枠内での雑草、害虫害獣、いわゆる植物病などの本質

■06-01

考察をさらに続けるにあたって、これまで述べてきた植物成長や動物の育成についての洞察も基盤にする必要があります。 栽培植物、農業における雑草や害虫、またいわゆる植物病に関する霊学的な考え方を簡単にではあっても述べていきます。 こうした事柄は、本来は具体的にしか観ることができません。 本来は個別の事例でそれぞれ考えなくてはならないので一般論では多くを語れないのですが、まず実験のための出発点となりうる例を挙げ、さらに発展させられるようにしたいと思います。 まず、雑草について、植物的な障害について考察したいと思います。

■06-02

ここで問題なのは雑草の定義ではなく、圃場からその場に望ましくない植物をどのように排除できるかという洞察です。 ところが私たちは、学生時代から奇妙な気まぐれを持ち続けてはいないでしょうか。 そうした気まぐれに付き合って私は、さほどやる気がある訳でもないのに雑草の定義が載っている書物を当たったものです。 すると雑草を定義している大多数の執筆者が、「雑草とは、生育して欲しくない場所に生育する植物である」と言っていることがわかりました。 これは、事柄の本質に切り込んだ定義ではないことがわかるでしょう。 自然という場においては雑草も有用な草と同等の生育権利を持っていますから、雑草の本質と取り組んでも大して幸せになる訳でもありません。 したがって明らかにまったく別な視点から考察しなくてはなりません。 つまり、自然状態ならそこに生育するにしろ、意図しない植物を特定の圃場からどのように排除するかというのがその視点です。 この数日に取り上げてきた事柄を考慮しませんと、この問題の答えは見つからないでしょう。

■06-03

宇宙に由来するものをまず大地が受け止め大地から植物成長に作用する諸力と、植物成長における諸力とを厳密に区別する必要があるとしてきました。 水星、金星、月から来る本来の宇宙的な諸力は、惑星から直接に作用するのではなく、大地という回り道をします。 それゆえ、親植物から次世代への世代交代を問題にする際には、そうした諸力を考慮する必要があります。 それに対し、植物が地面の上方から受け取るものは、外惑星からの作用が大気に移し替えられることで受け取られる諸力です。 意味を広げれば、大地への内惑星からの諸力は地中の石灰作用に左右され、周囲からの作用はケイ酸作用に左右されるといえます。 ですから、ケイ酸作用は大地そのものから発してはいますが、月、水星、金星の諸力ではなく、木星、火星、土星からの諸力を仲介しています。

■06-04

こうした事柄を真に考慮することに、今日の人びとは慣れていません。 しかしその償いは必要です。 地面より上の空気を媒介するものも、下の大地からやって来るものも、宇宙的作用については文明化された地域ではどこも一様に認識されていませんから、こうした無認識の償いを受けることになります。 つまり、こうした認識による古い本能的な学問の成果が完全に枯渇してしまったのです。 ここにおいでの皆さんには、代わりがありますから気にならないかもしれませんが、多くの人間にとってはどうでもよくはないのです。 農場ではその後もときおり改善したにしろ、大地は疲弊し、伝統も枯渇してしまいました。 こうしてブドウ園では広範囲にブドウネアブラムシ(フィロキセラ)が発生しました。 この虫に対してはほとんど手のほどこしようがありませんでした。 1880年台のウィーンの農業誌編集部について、私はたくさんの話題を知っていますが、フィロキセラへの対抗手段を見つけるべきだと八方から攻撃され、フィロキセラが急激に蔓延した際には完全に無力でした。 こうした問題は、現在の学問では徹底解明はできません。 ここで示した道でわかる事柄に向かうことによってのみ、こうした問題を扱うことができるのです。

■06-05

図で示したいと思いますので、こう考えてみてください。 これが地面で、ここに金星、水星、月といった宇宙からの作用があり、それを反射しますので、下から上に作用します(白)。 こうしたやり方で地中で効果を発揮するものを、模式的に示します。 これは植物に対し、一年内の成長と種子形成で働きかけます。 種子から次世代、次々世代の植物が生じていきます。 この道筋でやってくるものは、すべて生殖力、世代交代的なものに作用します。

■06-06

これに対して地面より上の道筋でやって来るものは、外惑星の諸力です。 それはこのように模式的に表せます。 連続的な流れが絶えず新しく作りあげられるので、この部分は植物の周囲へ広がる部分で、私たちが栄養物として収穫する太く豊かになる部分です。 たとえばリンゴやモモの果肉として食べる部分は、すべて外惑星の働きを受けています。 そして、まさにこうした洞察から、植物成長に影響を与えようとする場合に、どのようにしたらよいかがわかります。 植物成長に影響を与えるにあたっての洞察を得るためには、これらの諸力を考慮する以外には方法はありません。



■06-07

さて通常、雑草と呼ばれる非常にたくさんの種類の植物があります。これらはしばしば非常に強力な薬草でもありますし、まさに雑草の中に私たちは強力な薬草を探します。こうした植物には、月作用と呼べるものが非常に強く作用しています。

■06-08


月について通常知られているのは、その表面で太陽光を受け、さらにそれを地球に投げかけていることです。 その光を目で受け止めることで、地球もこの月光線を受け止めていますが、私たちは反射された太陽光を見ています。 このように反射されるのは太陽光ですが、そこには月が地球から分離したとき以来のまさに月の諸力も含まれています。 宇宙においては、まさにこの月の諸力が地上的なものすべてを強めます。 月と地球が一体だった頃、地上的なものは今より活き活きとしていて、実りをもたらすものでした。 月と地球が一体だった頃には、現存する強力な鉱物的存在はありませんでした。 しかし地球から月が分離した後、地球の通常状態は生物の成長にとってはちょうどよく作用しますが、その力が月によって強められ、成長から生殖にまで高められます。

■06-09

ある生物が成長し、大きくなります。 このときに作用する力は生殖の際に働くものと同じです。 ただこの力は、成長の場合には、子孫が生まれるときほどは強くありません。 成長では細胞から細胞が生じ、弱い生殖であり、本来の生殖は強い成長でなのです。 地球それ自体では、弱い生殖、つまり成長にかかわるだけで、月がなくては生殖には作用できません。 その際に地球は月からの宇宙的諸力を必要とし、特別な植物では水星や金星からの諸力も必要とします。 先ほど、月はただ太陽光を受け取りそれを地球に反射していると考えられている、と述べました。 人は通常、月の作用を太陽光との関連だけで考えます。 しかし月から地球には、太陽光がだけが来るのではありません。 月光では、全宇宙が反射され地球にやって来きます。 月に向けられた作用が、すべて反射されて来ます。 現代物理学の方法で現代人に証明することはできなくても、確かに全天の星空も月に反射され、地球にやって来ます。 この月から植物に降り注ぐ放射は、強く、そして組織化する宇宙的な力で、これによって成長力が生殖力へと高められ、植物において種子的なものが発展できるようになります。

■06-10

しかしこのような力は、満月となっている地域にだけ作用します。 その地域が新月のときには、月の恩恵は享受できません。 新月時の植物体内では、満月時に吸収したものが作用し続けているだけです。 古代のインド人は十九世紀に到るまで月齢に沿って播種してきました。 それと同様に、播種に際して、地中における当初の発芽活動に対して月を利用するとどれくらいの成果が上がるかを研究するなら、それだけでも意味深いことがなされうるでしょう。 播種や収穫に際して、人間が月に注意を払わなかったり、軽視したからといって、人間を罰っするほど自然は残酷ではありません。 年に満月を十二回ありますから、結実を促す満月の力は十分にあります。 何らかの結実に関連することを、満月ではなく新月に行なっても、それは地中で次の満月を待ち、人間の間違いを帳消しにして、自然に沿ったものになります。 ですから月の利用について何も知らなくても、人間による月の活用は十分に行なわれます。 しかしそれ以上のことは望めません。

■06-11

そのように扱ってしまいますと、成長をコントロールする諸力を掌握していませんから、雑草の権利も他の草と同様に促すことになり、すべてが混乱してしまいます。 成長をコントロールする諸力を掌握しなければなりません。 そこで知るべきことは、最大限に発達した月の力は、あらゆる植物的生命の再生産、つまり生殖に作用するという点です。 つまり根から上方の種子形成へ突き上がっていくものに月の力が働くのです。 このこの恵み深い月の力を遮ることなく雑草に作用させてしまいますと、最高の雑草を得ることになります。 雨の少ない年より月の力が強く作用する雨の多い年もありますので、雑草がますます子孫を増やし、繁茂します。 しかし、これらの宇宙的諸力を考慮すれば、次のように言えます。

■06-12

雑草における月の作用を阻止し、雑草への外的作用から月の作用を除いてしまえば、雑草の生殖力を制限できます。 すると雑草は増殖できません。 月を無くすことはできませんから、大地が月の作用を受け取れないように、大地に働きかけます。 また大地が月の作用を受け取れなくするだけでなく、ある方法で土壌に手を加え、こうした雑草が成長したがらないようにしてやるのです。 それができれば目標を達成できます。

■06-13

まず、一年の中でその雑草の生育を観察します。 そこで私たちは雑草が繁茂しても平静に受け止め、手を出す時期を見極めます。 このとき、その雑草の種子、つまり私が述べた力がそこで終点を迎えているものをいくらか集めます。 薪の炎が最適ですが、火でこの種子を燃やし、灰となったものを丁寧に集めます。 このやり方ですと、この灰はかなり少量しか得られません。 しかし、その特定の植物の種子を焼いて得た灰の中には、月の諸力を引き付けることで育った力に対抗する力が集約されています。 さまざまな雑草に対してこの方法で作り上げたこの少量のプレパラートを圃場に散布します。これは広い範囲に作用しますので、特に丁寧に作業する必要もありません。 するともう翌年には、対象にした雑草が非常に少なくなっていることがわかるでしょう。 その雑草が旺盛に繁茂することはありません。 自然界では多くのものが四年サイクルですので、こうしたプレパラートを胡椒のように撒いた対象の雑草は、四年後には圃場から姿を消しています。

■06-14

このようにして、その効果が生物科学研究所(注)で学問的に実証されたこの微小実体が有効になるのです。 (注:当時リリー・コリスコ博士が所長を務め、「来たるべき日」の支援で活動していたシュトゥットガルトの研究所。) この方法で、本当に多くの成果が上がるでしょう。 皆さんがこうしたやり方で、現在ではまだまったく考慮されていない作用を実際に計算に入れるなら、非常に多くを手中に収めていることになります。 昨日、私が述べた方向でタンポポを必要とするなら、それをどこかに植えることができます。 しかし、同じタンポポの種を使ってこの燃焼実験を行ない、その微量の胡椒を圃場に撒くこともできます。 するとタンポポを繁茂させたいところに繁茂させることができ、また反対に、種子の焼却灰で処理した圃場では、タンポポについては何の手もかけずに生育させないでおくことができます。

■06-15

現代では誰も信じませんが、これこそが、かつて本能的な農業叡智から手中に収められていた方法なのです。 当時人びとは、限られた地域に望む作物を混合して栽培できましたし、それはこうしたことを本能的に行なっていたからです。 こうした事柄を正しく実践に応用するに当たっての出発点となりうる考え方を、私は提示できます。 現代では、すべてが追試される必要があると判断しています。これを私は偏見とは言いません。それならば、これを追試すればよいのです。 実験が正しく行なわれれば、これらが真実であることが示されるはずです。 もし私に自分の農場があれば、実証を待つまでもなく、すぐに実践するでしょう。 上手くいくことに確信があるからです。 私にとっては、霊学的真理はそれ自体によって真理なのです。 霊学的真理は、他の方法や他の状況による実証を必要としません。 私たちの時代の科学者は皆、外的方法でこの真理を検証すべく、外的な方法ばかりを見るという誤りに陥っています。 アントロポゾフィー協会内部でも同じ誤りに陥っています。そこでも、事柄はそれ自体で真理でありうることがわかっているべきだったのです。 しかし現代において何かを成し遂げようとするなら、外に向かっては実証が必要ですし、妥協も必要です。 原則として証明は必然ではありません。 人はどのように事柄を内的に理解するのでしょうか。 まず事柄の質を内的に固定します。これを喩えるなら、何かを50人に生産してもらっていて、それを3倍に拡大したいので、150人に生産してもらうという感じで固定しています。 そこにお節介がやって来て、150人で3倍はできない、まず実験する必要があると言うかもしれません。 実際に実験しますと、経験が事柄を否定することもありえます。 ここで最初は一人、次に二人、そして三人に仕事をさせたとします。 こうして三人の仕事を統計的に見てみます。 三人がおしゃべりをしていたら、総仕事が一人分より少ないこともありえます。 最初に考えた条件が間違っています。 実験は、予想とは反対の結果を示す可能性があるのです。 しかし実験結果が予想に反しても、それだけでは何も言えません。 まったく厳密に行なうなら、反証もまた精密に観なくてはなりません。

■06-16

内的な真実は、外的にも立証されるでしょう。 ……圃場における害植物については、一般論で語ることができます。 しかし、害虫や害獣については一般論ではそれほぼ語れません。 そこで、実験を行ないその有効性を実証できるかを見るために、とりわけ特徴的と思われる一例を挙げます。

■06-17

田舎ではとりわけ良き友人である野ネズミを取りあげます。 野ネズミ退治のためなら、人は好むと好まざるとにかかわらず、何でもするでしょう。 農業書では、まず種々のリン薬剤、そしてストリキニーネ・サッカリン剤の使用が書かれています。 齧歯類だけに感染する特定の細菌を粥に混ぜて相応の場所に置くことで、野ネズミにチフスを感染させるというさらにラジカルな対処法もあります。 こうした方法までもが実行されるか、少なくとも奨励されています。 つまり、従順に見えるこの小動物が現われると、あらゆる場で人間的とは言えない手段を用いて駆除しようとしています。 こうした野ネズミ駆除では、近隣の農家も同じことをしないと意味がないので、私には国家までもが乗り出しているように思われます。 他の農場から野ネズミが来てしまうので、特定の方法で野ネズミを退治するように全員に強制するよう、国家に助けを要請する必要があるのです。 しかし国家は融通が利きません。 国家は何らかの方法が正しいと認めますと、それが本当に正しいか否かはどうでもよく、一方的に決まりを出し、誰もがそうしなくてはならないようにします。

■06-18

見ての通りこれらは、外からの試行錯誤、外からのコントロールです。 このようにしてもネズミは居なくなりませんから、的外れなやり方だと常に感じます。 上手い具合にはいかず、ネズミは何度でも戻って来ます。 単一の農場で適用しても万全ではないにしても、単一の農場にとっても何らかの意味で役立つ方法があります。 事実を洞察することによって、隣人たちにも同じようにやってもらうことは完全にはやり通せません。 しかし、未来にはそうした洞察の方が警察的なやり方より有効なはずだと個人的には思っています。 それは、社会生活における実際的な進歩になるでしょう。

■06-19

かなり若いネズミを一匹捕まえ、その皮を剥いで皮を入手します。 ネズミはたくさんいますが、この実験のためには野ネズミでなければなりません。 その際、野ネズミの皮を金星がちょうど蠍座に来たときに剥ぐことが重要です。 本能的科学を持っていた古代人は、決して愚かではありません。 問題が植物から動物に移ると、黄道十二宮(獣帯)が重要になります。 なぜなら獣帯という呼び名は、無意味ではないからです。 植物界で結果を得ようとする場合には、惑星系の範囲内で事足りました。 しかし動物ではそうはいきません。 この場合には、周囲を取りまく恒星、とりわけ黄道十二宮(獣帯)の星を考えなくてはなりません。

■06-20

植物成長では、子孫の再生産のためには月の作用があればほぼ十分でした。 しかし動物界では、月の作用に金星の補助が必要です。 動物界は月の諸力を保存し内に持っていて、月そのものからは自立しているので、月の作用はさほど厳密に見る必要はありません。 この動物界では、満月以外のときにも月の力が発揮されます。 動物は満月の力を内に持ち、時間的制約を受けないのです。 しかし、月以外の諸惑星の諸力ではそうではないので、それに対して私たちはあることをしなければなりません。

■06-21

つまり、ネズミの皮である特定のことを行なうのです。 金星が蠍座に来たときにこのネズミの皮を剥ぎ、それを燃やすことで生じた灰、つまり皮から生じた灰を注意深く集めます。 その灰は多くはありませんが、数匹のネズミがあれば十分で、蠍座に金星があるときに燃やしたネズミの皮の灰を得ます。 火によって消滅させられたものの中には、野ネズミの生殖力に対する負の力が残ります。 こうして得られた《胡椒》を圃場に撒けばいいのです。 これを手に入れるのが難しい地方もあるでしょうが、そのときにはさらにホメオパティー的希釈度でよいのです。一皿分の《胡椒》は不要です。 金星と蠍座が最高の合に達したときに火にくべられたものですと、圃場を野ネズミをから守る手段になります。 この《胡椒》が行き届かなかった場所がありますと、あつかましいネズミがやって来ます。 そしてそこに巣を作ります。 効力は広範囲に達しますが、散布が完全ではない場合もありえます。 しかし近隣でも同じことをすれば、間違いなく顕著な効果が得られます。 こうしたことでは、多くの友人が得られると思います。 食べ物によっては胡椒を少しかけると美味しくなるように、こうすることで農業も《美味しく》なるでしょう。

■06-22

こうして迷信に陥ることなく、星の作用を活用できるようになります。 元来、知恵であったものの多くが、後に単なる迷信に変わってしまうのです。 当然、迷信を温存などはできません。 改めて知恵から出発する必要があります。しかしこうした知恵は、単なる物質的感覚的なやり方ではなく精神的なやり方で得られなくてはなりません。 さて、いわゆる高等動物に属する農場の有害な小動物を駆除しようとする場合には、上述のやり方をすればよいのです。 ネズミは醤歯動物という高等動物です。 それに反し、昆虫に対してはこのやり方ではうまくいきません。 なぜなら、昆虫はまったく別な宇宙作用を受けているからです。下等動物は高等動物とは異なる宇宙的な影響下にあります。

■06-23

これまでの話と関連して、ここで思い切って根線虫(ネマトーデ)を例に、その周辺の事柄に触れておきたいと思います。 この害が発見されるのは、いわゆる枝根の膨張で、また朝、葉が萎れたままです。 これが外的な徴候です。 変化が生じる葉、つまりこの中間部分では、空気から宇宙的作用を受け取っています。それに対し根では、宇宙からの力を地を介して取り込んでいます。この点が明確でなくてはいけません。 さて、線虫が発生すると何が起きるのでしょうか。 線虫が発生すると、本来、葉の領域で生じるべき宇宙的諸力の吸収プロセスが、下方の根の領域に降りてしまいます。


■06-24

模式図で表わします(図参照)。 ここに地表があり、植物があります。 すると上方に作用すべき宇宙の諸力が、線虫が寄生した植物ではこの下方になります。 これがここでの問題の本質的な現象です。 特定の宇宙の諸力が、下方に深く滑り落ちてしまうのです。 これによって、植物におけるすべての外的現象が生じます。 しかしこれによって線虫は、生きるために必要な宇宙的諸力を地中で手に入れられるようになります。 そうでなかったら、線虫は上の葉に生息しなくてはならないはずです。 線虫は針金状の動物で、地中が彼らの生育場所なので、葉では生きられません。

■06-25

ある限界内でしか生きられないというのは、あらゆる生物の特性です。 70℃の高温や-70℃低温の中で生きると思ってみてください。 私たちは、特定の温度範囲で生きるように定められています。 こうした限界の上でも下でも、皆さんは生きることができません。 線虫も同様です。 線虫は土が存在し、同時に宇宙的諸力が存在するところでないと生育できません。 この条件が整わなければ、線虫は絶滅せざるをえません。 ある生物にはそれに適した特定の条件があります。 人類すらも特定の生活条件がなければ、絶滅せざるをえません。

■06-26

さて、こうした仕方で成長うる生物の場合、本来なら大地の周辺で有効であるべき宇宙的なものが大地の中に入り込んで来る必要があります。 この宇宙的作用の周期は四年です。 線虫には通常とはかけ離れた部分があり、これは適切な認識を持てば研究可能ですし、四年のリズムで現われる甲虫類の幼虫にみられるものでもあります。 ジャガイモの芽を成長へと促す能力を大地に与えんとする宇宙的諸力はそれと同じものです。 大地はこのまったく同じ力を得て、それをジャガイモと共に四年毎に出てくる甲虫の幼虫を育てることに使います。 これが四年周期の原因で、この四年周期は線虫においてではなく、線虫に対抗するために私たちが行なうべきことに現われます。

■06-27

ネズミでは身体の一部を用いましたが、昆虫では全身を用いる必要があります。 根に対し害を及ぼす昆虫は、その身体全体が宇宙的作用の産物だからです。 昆虫は大地を単にベッドとして必要とするだけです。 この場合、昆虫全体を焼かなくてはなりません。 焼くのが最良です。 手っ取り早く結果が得られます。 腐敗させるのもよく、これによっては根本的なものが得られるでしょうが、腐敗物質を集めるのは困難です。 しかし昆虫全体を焼くだけでも、間違いなく必要なものは手に入ります。 焼く点が重要です。 可能であれば昆虫を保存し、その乾燥保存したものを焼いてもかまいません。 ただし、ネズミの皮を焼いた《胡椒》を作る時の星位(蠍座に金星)とは正反対で、牡牛座に太陽があるときに焼かなくてはなりません。 昆虫の世界は、太陽が水瓶座から、魚座、牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座に到る間に発達する諸力と関係していて、そこから水瓶座まではまた弱くなるからです。 太陽が水瓶座から蟹座の領域を通るときに、太陽は昆虫界と関連する諸力を放射しているのです。

■06-28

太陽がいかに特殊化した被造物であるかはまったく知られていません。 年周運動や日周運動において、太陽が牡牛座から光を送るのか、あるいは蟹座から送るのかでは同じではないのです。 太陽は常に違っています。 太陽を一般論で語るのは、仕方ないことではありますが、あまり意味はありません。 本来、牡羊座の太陽、牡牛座の太陽、蟹座の太陽、獅子座の太陽などと言う方がよいのです。 太陽はその時々でまったく別の存在で、春分点との位置関係である年周運動や日周運動に沿ったものですし、両者の複合した作用もあります。 こうしたやり方で《昆虫胡椒》を作り、テンサイ畑に撒きますと、線虫はしだいに衰退していきます。 そして四年後には、線虫類が確実に衰退していることがわかります。 線虫はこうした《胡椒》を振りかけられた土地での生育を嫌い、生きられなくなります。

■06-29

こうしてかつて天文学と呼ばれたものが、非常に注目すべき姿で現われてきます。 現代の天文学は数学的位置関係を示すものにすぎません。 実際のところ、それ以外には必要とされていません。 しかしあらゆる時代の天文学がそうだったのではありません。 星の中に地上的な生活、行動、労働の指針を見ていました。 こうした学問はまったく失われてしまいました。

■06-30

こうした方法は動物的な害を避ける可能性です。 また大地は月と水の作用によって植物的生命を自らの内から生じさせる能力を得ますが、これは一面では正当であり、それを知った上で人が大地と適切にかかわることが重要です。 しかし植物、さらにはあらゆる生物は、自己滅亡への芽を内に宿しています。 一方の側には水があり、これはひたすら実りの促進者です。その対極には火があり、これは生産力の破壊者です。 火は生産力を根絶します。 通常なら水によって生産性につながるもの、つまり植物的なるものを、火によって適切に処理すると、自然の営みにとどまりつつ根絶的に作用することができるのです。 これを考えに入れておかなくてはなりません。 種子は、月の力が染みこんだ水によって、その生産性を展開します。 同様に種子は、月の力に浸された火によって、そして宇宙的な力に浸された火によって破壊的作用を展開しますし、それは直前の例で見たとおりです。

■06-31

より厳密に見ることで、そこに時間の作用も加わわることに注意を向けるなら、このやり方が大きな拡散力を持ちうることもさほど特別には見えないでしょう。 種子の力は拡散的だからです。 この力は破壊力の場合にも作用します。 種子内には拡散的な力がある点を見るのです。 拡散する能力を持つ点が種子の特徴です。 ですから、こうしたやり方で《胡椒》を作りますと、そこには確実に拡散する力があるのです。 《胡椒》という言い方は、外見が似ているからにすぎません。 この種のものはしばしば《胡椒》のように見えます。

■06-32:植物の病気

いわゆる植物病についての話が残っています。 ここで新しい章に入りますが、真の意味では植物には病気が存在しないと言わざるをえません。 植物の病気という異常な形で現われる自然現象の意味は、動物の病気と同じではありません。 動物界について取り上げれば、両者の差異をより厳密に把握できるでしょう。 植物の病気とは、病人における現象とは違います。 真の病気とは、アストラル体の存在抜きにはありえないからです。 動物や人間という存在では、アストラル体がエーテル体を介して物質体に関与しています。 それがある種の正常状態です。 そのある特定の関連が、まさに正常状態なのです。 アストラル体が物質体や特定の物質体的器官と通常状態より強く結びつきますと、つまりエーテル体が十分な緩衝作用を持たず、アストラル体が通常より強く物質体に入り込みますと、種々の病気が生じます。 ところが植物自身にはアストラル体はありません。 それゆえ動物や人間に特有に現われる病気は、植物では決して現われません。 このことはしっかり知っていなくてはなりません。

■06-33

そこで、植物の病気が何を引き起こすのかを洞察する必要があります。 これは、今まで私が述べてきたことからわかるはずです。 植物の周囲にある土壌には特定の生命性があります。 その地中の生命性は植物の形姿を現出させるほど密ではありませんが、それでもある程度の密度で、あらゆる成長力、微かに痕跡が見られる程度の生殖力、さらには地中において水によって媒介される満月の作用力を受けたものが植物の周りに存在しています。

■06-34

そこには非常に多くの重要な関連があります。 大地があり、水に満たされた大地があり、月があります。 月はその光を大地に送り込むことで大地をある程度まで活性化し、エーテルを揺り動かします。 月にとっては、大地に水が浸透しているとそれが容易です。 大地が乾いてしまうと難しくなります。 つまり水は、単に仲介者なのです。 活性化されるべきは本来《地》そのものであり、固体であり鉱物です。 水も多少は鉱物的です。 当然ながら、明確な境界はありません。 このように地面の中に月の作用もあるはずです。


■06-35

さて、地中の月の作用が強くなりすぎることがあります。 しかも簡単に起こりえます。 冬だけでなく、その後の春も非常に雨が多い場合を考えてみてください。 すると強い月の力が地中に入り、大地が活性化されすぎます。 つまり大地の強すぎる活性化です。 月によって過度に活性化された大地を、赤い点で表わします(図参照)。 もしこの赤い点がない、つまり大地に対する月の活性化が過度ではなく適正ですと、植物は種子にまで正常に生育します。 このとき、まさにこうした種子が出来上がるくらいに大地の生命性が上って来るのです。

■06-36

月の作用が強すぎ大地が過度に活性化されますと、その生命力が下から上へ強く作用しすぎ、種子形成ではじめて現われるべきものがそれ以前に現われてしまいます。 活性力が強すぎますと、それが上には達せず、その密度ゆえにより下方で作用します。 すると月の作用が種子形成に対し十分な力を発揮しなくなります。 種子が死へ向かう営みをいくらか持つようになり、この死に向かう活動によって、元々の地表の上にいわば第二の地表が形成されます。 この第二の地表は地面ではありませんが、地面の上方で地面と同じ働きをします。 その結果、植物の種子、つまり植物の上部が他の生体にとっての一種の土壌になります。 寄生生物、菌類が出てきます。 さまざまな菌類が生じます。 植物の黒穂病やその類いの病気がこうした道筋で現われることがわかります。 そこでは、月の作用が強すぎ、大地から上に作用すべきものが必要な高さにまで達しません。 結実の力は、月の作用が正常で強すぎない必要があるのです。 奇妙な話ですが、これが事実なのです。 つまり、月の力が弱いためにではなく、強すぎるために植物の病気が発生するのです。 頭だけで考えるだけで、よく観ることをしなければ、おそらく正反対の結果になるでしょう。 しかしそれは間違いです。 事実をよく観るなら、事柄は今私が述べたとおりです。

■06-37

この場合、どうしたらよいでしょうか。 大地から過剰な月の力の負担を軽くしてやればよいんです。 その負担を軽くしてやることは可能です。 水が存在することで過剰な月の力を大地が受け取ることのないように、水からその仲介する力を奪い取り、大地に《地》的な力を与える作用を加えます。 見た目には何も変りませんが、スギナ(Equisetum arvense)をかなり濃いお茶にしてからそれを薄め、黒穂病などに対処しようとしている圃場に液肥のように施します。 これについても、ごく微量、ホメオパティー的希釈度で十分です。

■06-38

これもまた、個々の生命領域が相互に作用し合わなくてはならない領域であることがわかります。 スギナが腎臓機能へと迂回しつつ人間生体に注目に値する影響を及ぼすことがわかるなら、これらの事柄の指針は見つかるでしょう。 これらはもちろん頭で考え出すことはできませんが、スギナから私が一種の液肥と呼んだものを作り、別に器具は用いる必要はありませんから、簡単に散布した場合、それが僅かではあっても、いかに広範に作用するかを検証するための指針は得られます。 すると、これが素晴らしい治療薬であることがわかります。 植物は本来病気になりませんから、これは本当の意味での治療薬ではありません。 これは本当の意味では治療プロセスではなく、前に述べたプロセスの逆プロセスです。 さまざまな領域における自然の作用の内実を観ますと、また後には動物の成長や動物の正常と異常を観ますが、実際に成長というものを手中に収めることができます。 そうなって初めて、本来の学問です。 現在行なわれているさまざまな試行は、個々の事象、個々の要因のメモに過ぎず、学問とはいえないからです。 実効ある諸力を手中に収めて、はじめて現実の学問が成立するのです。

■06-39


植物、動物、植物のあらゆる寄生生物は、それ自体では捉えることは決してできません。 この講座の最初に、磁針が常に北を向くこと原因を磁針の中に見つけようとしても無意味だと話しましたが、そのとおりなのです。 誰もそんなことはしません。 地球全体を見るとそこには地磁気の北極と南極があり、この地球全体から説明します。 磁針の性質を説明するために地球全体を考察しなくてはならないのと同様に、植物を理解するには、植物、動物、人間を見るだけでなく、宇宙全体を対象にしなくてはなりません。 すべての生命は宇宙全体から生じ、地球にあるものだけから生じるのではないからです。 自然は一つの全体であり、あらゆる方向から諸力が作用しています。 あからさまな諸力作用に感覚を開いている者が、自然を捉えるのです。 しかし現代学問は何をしているでしょうか。 小さな皿を作り、その上に標本を置き、丁寧に他のすべてを取り除き、覗き込んでいます。 そこに作用しうるものをすべて遮断します。 それを顕微鏡と呼びます。 これは、彼方の事柄を理解するにあたって私たちがすべきことのまったく逆でです。 単に部屋に閉じこもるだけでは満足せず、素晴らしい世界から離れてこの顕微鏡の筒に閉じこもっています。 対物レンズから入ってくるものしか残りません。 このように人はしだいに、多少なりとも顕微鏡的になっていきます。 しかしマクロコスモスへの道を見出したなら、再びいくらかでも自然を理解し、他の事柄も理解するでしょう。












































































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