2015年6月9日火曜日

『農業講座』質疑応答1、コーベルヴィッツ、1924年6月12日


■qa01-Q01

牛角糞プレパラート(500番プレパラート)の希釈は、さらに比例的に続けるのでしょうか。

■qa01-A01

▲シュタイナー博士 …… この点に関しては、何点か言うべきことがあるでしょう。 おそらく次のような結果が出ると思いますが、散布すべき土地が増えたら、水の量を多くし牛角糞の必要量は少なくなるはずです。したがって、比較的少ない牛角糞でより広い面積に施肥できます。 ドルナッハでは25本の牛角糞があり、とりあえずそれを分配してかなり大きな農園に施肥しました。 その際、角1本分をバケツ半分に希釈しました。 次に、角2本分をバケツ1杯に入れました。 さらに、より広い面積に施肥する必要があり、バケツ7杯に7本の角を用いました。

■qa01-Q02

大面積に散布する際に、牛角糞の撹拌にあたって撹拌機を用いるのは許されるでしょうか。 それとも問題があるでしょうか。

■qa01-A02

▲シュタイナー博士 …… これは当然ながら、厳密に捉えるべき事柄なのか、あるいは徐々に代用品に滑り落ちていく決断をするかの問題です。 手での撹拌と機械による撹拌では意味がまったく違うのは疑いありません。 もちろん機械主義者はこれを認めないでしょう。 実際に手で撹拌すると、その際手の動き、偶然の出来事、そこでの感じ取られること、そうしたものすべてが撹拌の中に入り込み、単なる機械での撹拌とはまったく違うのです。 今日ではもちろん人々はこうした違いが問題になりうると思っていませんが、それでも医学分野ではこうした違いがはっきりと認められています。 何らかの医薬品を、手で作るか機械で作るかは決して同じとは考えないでください。 物が人の手で作られますと、その物に何かが付け加わります。 こうしたことを馬鹿にしてはいけません。 皆さんの多くはリッターの医薬品をご存知でしょうが、これについて私はしばしば意見を求められました。 このリッターの医薬品は、大変な賞賛を受けるのと同時に、何の効果もないという意見も広範にあります。 もちろん効力はありますが、この医薬品を通常の販売経路に乗せますと薬効はほぼ失われるだろうというのが私の確信です。 医薬品の場合、医者自身がこれを所持し、患者さんに直接手渡しにすることが重要だからです。 少人数の中で医者がこうした医薬品を患者さんに手渡しますと、特定の内的高揚感が伴います。 すると、高揚感など重さも量れないと言う人もいるでしょう。 しかし高揚感は共通のヴァイブレーションとなり、患者が高揚することで医師も感動します。 光は医薬品に非常に強く作用しますから、高揚感にその作用がないと言えるでしょうか。 高揚感は伝わりますし、効き目も大きいので、今日でも情感を伴う医者は偉大な作用を及ぼしうるのです。 リッターの医薬品は、まさにこれによって強く作用するのです。 高揚感によって偉大な効果をもたらしうるのです。 反対に、機械的に作業しますと、おそらく効果は弱わまるでしょう。 人間の手から発するもので作るのか……実際に人間の手からは多くのものが発せられています……、あるいは機械で作るのか、この種の事柄ではまさにこの点が問題なのです。 しかし、しだいにこの撹拌の楽しさがわかってくれば、牛の角を機械で大量に処理しようなどとは誰も考えなくなるでしょう。 日曜日のデザートのように、行なうようになるかもしれません。 たくさんの客を招かなくてはいけない日曜日に、必要なことをおしゃべりしながらこの仕事を行なえば、機械を使わずとも最高の結果が得られるでしょう。

■qa01-Q03

バケツ半分の水(30リットル)を10アールの土地に撒くのは、技術的に少し難しそうです。 牛の角の本数が増えると、その本数分だけでなくあらゆる面で困難が急速に大きくなります。 散布もより困難になるでしょう。 そこでこの量の水にさらに水を加えて薄めることはできるでしょうか。 それとも、この比率は変えられませんか。 つまり10アール当たりバケツ半分の水という比率です。

■qa01-A03

▲シュタイナー博士 …… 水を増やすことはできます。 しかしその場合、撹拌の方法を変える必要があると思います。 次のようにすることができます。 まずバケツ半分の水に牛角糞を1本入れて最後まで撹拌します。これをバケツの中で薄めますが、ここでも撹拌しなくてはなりません。 水の量をバケツ半分に固定して、上の方法で薄めた場合の牛角糞の量をあらかじめ計算して、その量だけを入れてバケツ半分で撹拌する方がよいと思います。 非常に重要なのは、両者が密接に入り込み合うようにすることです。 この牛角糞という素材を水に入れて撹拌するだけではまったく不十分で、実際に相互の入り込み合わせることがが重要です。 密接な相互浸透を呼び起こす必要があります。入れる素材が少しばかり密であっても、あるいは撹拌が十分に力強くありませんと、根本からの混合にはなりません。 すでに溶液になったものにさらに水を加えて撹拌するよりは、多くのバケツに水を半分入れて、1本分に満たない牛角糞を入れて撹拌する方が容易だと思います。

■qa01-Q04

溶液内に固形物が残っている場合、散布機でよりうまく散布するために、濾過した方がよいでしょうか。

■qa01-A04

▲シュタイナー博士 …… その必要はないと思います。 速く撹拌しますとかなり濁った溶液になりますが、そこに異物が残っているかは気にしなくてよいでしょう。 牛角糞は非常によく溶解します。 混じり気のない雌牛の糞であれば最高ですが、何らかの異物が混ざっていても、それを取り除く労力を特別に費やす必要はないと思います。 異物が混ざっていても、状況によっては何の害もなく、むしろ都合よく作用するかもしれません。 牛角内で濃縮し、その後に水で希釈することによって、実際には放射としての作用しか残らず、もはや物質ではなくなっています。 そこではダイナミックな放射だけが作用していて、沈殿した異物が撒かれた場所で、茎ばかりが徒長して実のつかないジャガイモができる危険はありません。 そうした危険はないはずです。

■qa01-Q05

私は、散布機に異物が詰まらないかだけを問題にしたのですが。

■qa01-A05

▲シュタイナー博士 …… 濾過は害にはなりません。 散布する前に濾過できるようにしておくのが一番よいでしょう。

■qa01-Q06

溶液の濃度を適切にするための牛角糞の適切な重さは話されていません。 また、バケツ半分というのは、スイス式のバケツでしょうか、リットルバケツでしょうか。

■qa01-A06

▲シュタイナー博士 …… スイスバケツを使用しました。 スイスの搾乳用のバケツです。 こうした事柄は、実際に観て試したものです。 しかし今となっては、その分量を重量比にすべきでした。

■qa01-Q07

雌牛の角は、同じものを繰り返して使えますか。 それとも、常に屠殺されたばかりの牛の角でなくてはならないでしょうか。

■qa01-A07

▲シュタイナー博士 …… それはまだ試していませんが、この点について知りうることから考えて、3回から4回までは繰り返し使えるでしょう。ただ、それ以上になるとふさわしくなくなります。 状況によっては、3、4年使った雌牛の角を牛舎内で保存すれば、さらにもう1年使えるかもしれません。 一つの農場で雌牛の角がどれくらい手に入り、また、どれくらい節約する必要があるかは、私にはわかりません。 今の私には結論の出せない問いです。

■qa01-Q08

雌牛の角はどこから手に入れたらよいでしょうか。 東ヨーロッパか中部ヨーロッパか、どちらがよいのでしょうか。

■qa01-A08

▲シュタイナー博士 …… 雌牛の角の産地は問いません。 しかし皮剥場のものは適さず、できるだけ新鮮なものでなくてはなりません。 ところで、矛盾に思えるかもしれませんが、奇妙なことに、西半球と東半球では生命や営みが違います。 アフリカ、アジア、ヨーロッパにおける生命と、アメリカにおける生命では何か違うのです。 ですから、状況によってはアメリカの牛の角では、効果を上げるために方法を変えなくてはいけないかもしれません。 そうした角では、糞を少し濃縮し、圧縮し、叩き固める必要があるかもしれません。 雌牛の角をその地方から手に入れるのが最良です。 角内の諸力と、その地方のそれ以外の諸力とには非常に強い類縁関係があり、他の地方の角内の諸力は、その地方の諸力とぶつかり合ってしまう可能性があります。 角を提供する雌牛が必ずしもその地方産ではない場合も多いことを考慮する必要があります。 しかし雌牛は、ある地方の牧草を3、4年食べ続け、そこで生きますと、それが西半球の牛でなくても、その土地に属するようになることを考慮すれば、これは問題ではなくなります。

■qa01-Q09

何歳くらいの雌牛なら角を取ってもよいのでしょうか。 年を取ったものと若いもののどちらがよいでしょうか。

■qa01-A09

▲シュタイナー博士 …… こうしたことはしっかり実験してみなくてはなりませんが、事の本質から言えば、中期の雌牛(老いていない成牛)の角が最良だと思います。

■qa01-Q10

角の大きさはどれくらいがよいでしょうか。

■qa01-A10

▲シュタイナー博士 …… (黒板に角の大きさを描いてみせた。30~40cmであった(図参照)。 一般的なアルゴイ産の平均的な雌牛の角の長きである)。

■qa01-Q11

去勢雄牛、雄牛、雌牛のどれから角を取るかは、本質的な問題ではないのでしょうか。

■qa01-A11

▲シュタイナー博士 …… ほぼ間違いないはずですが、去勢雄牛の角にはまったく効力がないでしょうし、雄牛の角では、効果はかなり弱いでしょう。 ですから私は、常に雌牛の角と言っていますし、雌牛は雌です。 雌牛の意味です。

■qa01-Q12

パンの原料となる穀類の種を蒔く一番よい時期はいつでしょうか。

■qa01-A12

▲シュタイナー博士 …… この講座で種蒔きを取り上げるときに、答がわかります。 種蒔きは当然ながら非常に重要で、冬の3か月に近い時期か、やや離れているかは大きな違いです。 種蒔きの時期が、冬に近い場合には再生産能力が強まり、冬から離れた場合では穀物の栄養的な要素が強く作用します。

■qa01-Q13

牛角糞は砂と混ぜて散布してもよいでしょうか。 その場合、雨には意味があるでしょうか。

■qa01-A13

▲シュタイナー博士 …… 砂に関する回答としては、問題ありません。 それはまだ試していません。 何の問題もありません。 しかし雨の作用については、もう一度、試してみなくてはなりません。 雨が降っても何の変化ももたらさないと仮定できそうですし、もしかしたら効力を安定させるように作用するかもしれません。 また逆に、諸力の強すぎる凝縮が問題になり、雨の雫が落ちるわずかな衝撃で多くが流されてしまうことも考えられます。 実際に非常に繊細な作用ですので、あらゆることを考慮しなくてはなりません。 ただ、牛角糞に砂を混ぜて散布するのは問題はないでしょう。

■qa01-Q14

牛角や牛角糞の保存のあたって、有害な影響はどう防いだらよいでしょうか。

■qa01-A14

▲シュタイナー博士 …… 一般論で言えば、いわゆる有害な影響を避けようとすると、放置するかえってより悪い影響が生じます。 最近では、いたるところで消毒作業を見かけるのではないでしょうか。 これに関しては、あらゆる領域で疑いなく行き過ぎています。 私たちの医薬品では次のようなことがありました。 カビを完全に排除しようとしますと、本来の治癒力を減退させる方法を用いざるをえなかったのです。 カビや虫に対抗するものを、私はまったく尊重していません。 虫やカビなどはそれほど有害ではないのです。 消毒にいろいろ力を注ぐよりは、一番よいのは放置しておくことです。 角の中に土が混入しないように、角に豚の膀胱をかぶせました。 特別な方法で角そのものをきれいにするのは、特に勧められることではありません。 《汚れ》とは必ずしも汚れではないことは承知していなくてはなりません。 たとえば顔を金箔で化粧したとしますと、それは汚れですが、金は汚れではありません。 つまり汚れは必ずしも常に汚れではないのです。 場合によっては、汚れがまさに保存的に作用することもあります。

■qa01-Q15

種子をできるだけカオスにもたらすに当たって、何らかの手段でそれを助けた方がよいのでしょうか。

■qa01-A15

▲シュタイナー博士 …… 補助することはできますが、その必要はありません。 種子形成が始まりますと、それですでに最高度のカオス形成が始まっています。 そこでは何の補助も必要ありません。 補助が必要なのは、まさに施肥です。 しかし種子形成では……受精した種子が存在するときには、必ず完全なカオス状態になっています……、それを補助する必要はないと思います。 もちろん、土壌を通常よりケイ酸的にすることで、それを実現できます。 ケイ酸を介して作用しているのは、地中に取り込まれた宇宙的なものだからです。 そうすることはできますが、どうしてもやる必要はないと思います。

■qa01-Q16

実験圃場の広さはどれくらいでしょうか。 また、次世代の植物形成まで保持されるべき宇宙的な諸力に対して何かしておくことはないでしょうか。

■qa01-A16

▲シュタイナー博士 …… それについては次のような実験ができるでしょう。 こうした事柄では、基本原則を示すのは比較的容易ですが、状況に応じて適切な面積を見つけるには試す必要があります。 この問題には非常に容易に答えられます。 隣同士の畝に一方はコムギ、もう一方は牧草のイガマメを植えます。 それ自身が容易に種子形成に向かう傾向を持つ植物、たとえばコムギでは、ケイ酸による種子形成の阻害が見られるはずです。 それに対し、種子形成が本来は完全に抑えられているイガマメでは、ケイ酸を加えることによって、ゆっくりではあっても種子形成が生じるのがわかるでしょう。 こうした事柄を研究する場合には、いつでも比較の方法を取ることができます。 つまり、諸性質を穀類のコムギとマメ科のイガマメで比較しますと、種子形成について非常に興味深い実験ができます。

■qa01-Q17

薄めた牛角糞プレパラートの散布時期は、いつでもよいのでしょうか。

■qa01-A17

▲シュタイナー博士 …… 牛角を地中から掘り出した後、その効力が衰えさせたくないなら、散布時期は重要です。 しかし原則的には、必要になるまで牛角を地中に埋めておくことができます。 地中に入れておけば、越すべき一冬を越し、さらに夏にしばらく地中にあっても悪くはなりません。(ただし日本では土壌中の生物が活発なため、春以降も地中に牛角を埋めておくことは勧められない……イザラ書房版訳者)。 別な場所に保管する必要がある場合は、木箱を作り、内側に乾燥ピートを敷き詰め、あらゆる面が乾燥ピートで覆われるようにします。 その内側に牛角を入れ、非常に強い濃縮度を保ちます。 それに対し、水で薄めたものの保存はまったく勧められません。 長く置いてから散布することにならないように、時期を選んで撹拌を準備すべきでしょう。

■qa01-Q18

冬穀物に散布する場合、牛角を地中から堀り出してから9カ月後に使用することになりますが、支障はないでしょうか。

■qa01-A18

▲シュタイナー博士 …… 散布時期は問題ではなく、散布時まで牛角を地中で保存すると一番よいのです。 初秋に散布したいなら、その時点まで地中に埋めておきます。 それで牛糞が悪くなることはありません。

■qa01-Q19

目の細かい噴霧器を使った場合、液体は飛沫に細かく分断されますから、それによってエーテルやアストラルの力が失われることはないでしょうか。

■qa01-A19

▲シュタイナー博士 …… それは絶対にありません。 エーテルやアストラルはしっかりと結びついています。 初めから追い出しさえしなければ、霊的なものは物質的なものよりも逃げ去る心配はありません。

■qa01-Q20

牛角に鉱物性成分(石英粉末)を詰めて夏を越させたもの(501番プレパラート)は、どう扱ったらよいのでしょうか。

■qa01-A20

▲シュタイナー博士 …… これは堀り出してどこかに保存しても、何の問題もありません。 どこかに放り出して山にしておくことができます。 この素材は、夏を越してもまったく劣化しません。 太陽に晒しても問題ありません。 その方がよいかもしれません。 (ビンに入れて保存されることが多い……イザラ書房版訳者注)。

■qa01-Q21

後で散布しようとしている圃場に牛角を埋めるべきでしょうか、それとも別な場所にいくつかの牛角をまとめ、並べて埋めてもよいでしょうか。

■qa01-A21

▲シュタイナー博士 …… どちらでも大差ありませんので、気にする必要はありません。 実際的には、鉱物性が強すぎず、いくぶん腐植を含んだ土壌の良好な場所を探し、必要になる牛角を一カ所にまとめて埋めるとよいでしょう。

■qa01-Q22

農場での機械の使用は、どうなでしょうか。 機械は使うべきではないと言われているのでしょうか。

■qa01-A22

▲シュタイナー博士 …… これは農業分野から答えられる問題ではありません。 現代生活では、機械使用の可否を問うとしたら、それは明らかに時代錯誤です。 今日では機械を使わずに農業経営はできません。 牛角糞の撹拌は自然的過程と非常に類縁なので手で行ないますが、すべての過程がそうしたものではありません。 牛角糞の撹拌といった自然と密接な過程には機械を近づけるべきではありませんでしたが、他の該当する諸要素でもそれと同様で、機械化を避けるべき部分については、自然自体が機械ではうまくいかないように配慮しています。 種子形成では機械はほとんど無力ですし、それは自然自身の配慮です。 この質問は、特にアクチュアルだとは思いません。 つまり現代では、機械なしで仕事をやり切ることはできません。 ただ注意しておきたいのは、農業では機械化に血眼となる必要はない点です。 誰かがそうした機械改良に熱中し、新しい機械で何かが改良できても、古い機械を使い倒す方が、かえって農業的な成果は上がるでしょう。 ただこれは、厳密な意味では農業の枠外の事柄です。

■qa01-Q23

規定量に溶解した牛角糞プレパラートを、半分の広さの畑に散布することはできますか。

■qa01-A23

▲シュタイナー博士 …… そうしますと、前に述べたように、果実(地上部)が肥大します。 たとえば、ジャガイモ畑かそれに類する何かに牛角糞をそのように使いますと、果実が肥大化し、茎が繁茂し、収穫したい部分が育ちません。 肥え過ぎた畑と呼ばれるものになってしまいます。 肥え過ぎた畑になってしまった理由は、牛角糞を多く使い過ぎたからです。

■qa01-Q24

飼料作物やホウレンソウなどを繁茂させたい場合ではどうでしょうか。

■qa01-A24

▲シュタイナー博士 …… そうした場合でも、ドルナッハで私たちが主に野菜畑でそうしてきたように、バケツ半分の水に牛角1本がよいでしょう。 より広い畑での耕作では、さらに少量ですみます。 それが最適量です。

■qa01-Q25

使用する糞は、牛糞、馬糞、羊の糞など何でもいいのでしょうか。

■qa01-A25

▲シュタイナー博士 …… 間違いなく雌牛の糞が最上です。 しかし馬糞を使いうるかは、今後、研究してみなくてはなりません。 もし馬糞をこうしたやり方で加工する場合には、馬には角がなく、作用を及ぼすものがたてがみの中にありますので、牛角を馬のたてがみの毛で巻くことが重要になります。

■qa01-Q26

その散布は、播種の前と後のどちらに行なうべきでしょうか。

■qa01-A26

▲シュタイナー博士 …… 種子を蒔く前に行なう方が正しいです。 結果がどうなるのかはじきにわかります。 今年は仕事に取りかかるのが少し遅れ、いくらかの部分は播種後に行なわれます。 ですから、散布の遅れによって障害が起きるかがわかります。
当然ながら、大地に作用を及ぼすように、散布は播種の前に行います。

■qa01-Q27

牛糞を詰めた牛角を、石英粉など鉱物質を詰めるのに使えるでしょうか。

■qa01-A27

▲シュタイナー博士 …… 使うことはできますが、しかし3、4回以上は使用できません。 3、4回、使いますと、力は失なわれます。

■qa01-Q28

仕事をする人間の人物は問題になるのでしょうか。誰でもよいのでしょうか、それともアントロポゾーフがすべきでしょうか。

■qa01-A28

▲シュタイナー博士 …… これは当然、問いです。 今日ではこうした質問をすると嘲笑されるでしょう。 窓辺で花を素晴らしく育てる人が居ることを思い出してみてください。 ところが別な人の所ではちっとも咲かずに枯れてしまいます。 こうしたことは、実際にあります。 これらはすべて、外的には説明できませんが、内的に見れば人間自身からの影響で起きていることが非常によく見通せます。 瞑想を行い、瞑想の営みによって自らを準備している人ではこうしたことが起きます。 これについては、昨日お話ししました。 イマジネーションを内に含む窒素に対し、瞑想する人はまったく違った営みをしているのです。 これによって人は自らをある状況に置き、その状況ではすべてが作用を持つのです。 そして、植物成長全体に対して、自らをそうした状況に置くのです。 ただし、こうした事柄が認知されていた時代に比べれば、今日では事情はそれほど明確ではありません。 特定の準備によって、自分自身を植物成長の手入れにふさわしい状態にできることが実際に知られていた時代もあったのです。 こうした事柄が無視されている今日、これらに注意を払わない人々と絶えず交流していますと、他の人々もそれに染まり、こうした繊細な作用が失われていきます。 それゆえ、こうしたことを持ち出すと、たちまち否定されます。 こうした事柄は、今日の生活環境にあっては容易に否定されますので、それを公衆の面前で語ることに私は抵抗を感じます。 以前、ボック家のサロンでの話し合いで、友人のシュテーゲマン氏が非常に挑発的な質問をしました。 つまり、精神集中といった方法で、害虫に対抗することができるかというのです。 正しい方法で精神集中をすれば、これは可能です。 特に、大地に最も濃縮されている諸力を大地が展開する一月半ばから二月半ばにかけての時期に、いわば祝祭を設け、そうした精神集中を行なったとしますと、効果が現われるでしょう。 これは言わば非常に挑発的な質問ですが、肯定的に答えることができます。 ただこれは、自然全体との調和において行なわなくてはなりません。 ですからそうした精神集中を真冬に行なうか、真夏に行なうかでは、意味がまったく異なる点も知っていなくてはなりません。 民族伝承の中にも、現代人に重要な視点を与えてくれるものが多くあります。
昨日、お話しできればよかったのですが、私が非常に若い頃に構想し、この地上生の間に私が行なうべきことで、まだ達成できていないものの一つに、いわゆる農民哲学の執筆があります。 農民がかかわってきたあらゆる事柄における農民の概念的営みを書き記そうとしたのです。 それができていれば非常に素晴らしい何かが生まれえたでしょうし、「農民は馬鹿」だという伯爵の主張も覆せたでしょう。 繊細な叡智が描き出されたはずですし、その語り口がすでに、自然の営みとの親密さついて壮大に論じた哲学になっていたことでしょう。 自然の営みに対する農民の知識には本当に驚嘆します。 そうした農民哲学を書くことは、今日もはや不可能です。 今日では、そうした事柄はほぼ完全に失われてしまいました。 現在の状況は40年、50年前とは同じではありません。 農民哲学は非常に意味深く、当時は大学よりも多くのことを農民から学ぶことができました。 今とはまったく違う時代で、人は田舎で農民と共に暮らしていました。 現在、社会主義運動を指導している人たちはつば広のフェルト帽を被っていますが、当時、そんな人が来るなど希でした。 今日、世界は変わり果てました。 この40、50年の間に世界がどれほど変化したか、ご出席の若い方々には想像もできないでしょう。 民間伝承として口伝で存在していた美しきもの、その非常に多くが今日では失われています。 そしてそれ以上に、一種の文化哲学である本来の農民哲学では、さらに多くのものが失われています。 当時の農事暦には、今日では失われてしまった事柄が多く書かれていました。 そうした農事暦は外観も違っていて、心地よいものでした。 私はそうした農事暦を覚えています。 紙質は悪かったのですが、惑星記号が色刷りされ、表紙には微小な砂糖粒がついていました。 その本を手に取るとまずその小さな砂糖粒と向い合い、本をめくるときにそれを舐めることができました。 このように、味のあることをしていたのです。 人々はこれを代々使ってきました。

■qa01-Q29

かなり広い面積に牛角糞プレパラートを撒く場合、使う角の数は勘で決めてよいでしょうか。

■qa01-A29

▲シュタイナー博士 …… それはお勧めできません。 そうした場合には、しっかりと理性的にやる必要があると思います。 まず勘ですべてを試しに行ってみて良好な結果を得たらそれを数値化して確かなものにし、最終的には誰もが使える表が出来上がるようにすることをお勧めします。 勘でそうしたことを行なえる人は、そうすべきでしょう。 しかし他人には、表にはあまり重きを置いていないという態度を見せるべきではなく、計算できる数字と表を渡すべきです。 すべてを計算可能な数や量に置き換えた方がよいでしょう。 今日では、これは現実に必要なのです。 事柄を実行するに当たって、私たちが必要とするのは雌牛の角であって雄牛の角ではありません。 こうした事柄は、まさに反論を呼びやすいのです。 ですから、妥協できるところでは妥協し、外部の判断にも配慮するよう忠告しておきたいと思います。

■qa01-Q30

現在規定されているパーセンテージで堆肥に生石灰を加えてよいのでしょうか。

■qa01-A30

▲シュタイナー博士 …… 古くから行なわれているということは、有効であることを示しています。 ただし個々の場合には、沼地か砂地かで考慮しなくてはなりません。 砂地では生石灰は少なくてよく、沼地では酸が形成されますから、生石灰の必要量はやや多目です。

■qa01-Q31

堆肥の切り返しはどうでしょうか。

■qa01-A31

▲シュタイナー博士 …… 堆肥にとってそれは悪くありません。 当然ですが、堆肥の山を切り返したら、外側をできるだけ土で覆い、堆肥の山を保護することが重要です。 切り返したらその上を土で覆います。 そのためには泥炭土、乾燥ピートが特に有効です。

■qa01-Q32

過渡期の農場で使用しうるカリウムはどのカリウムでしょうか。

■qa01-A32

▲シュタイナー博士 …… カリ・マグネシア(苦土カリウム)です。

■qa01-Q33

角に詰めた後に残った牛糞はどのように使用するのが一番よいでしょうか。 冬を一通り過ごさせるために、秋に畑に撒くのがよいか、それとも春までそのままにしておくのがよいでしょうか。

■qa01-A33

▲シュタイナー博士 …… 牛角糞プレパラートの散布が、施肥全体の代用になるのではない点は、しっかりと自覚していてください。当然、通常の施肥は続けます。 この新しい施肥は、従来の施肥による効力を本質的に高めるための特殊施肥法なのです。 牛角糞プレパラートを施肥する場合でも、従来の施肥はそのまま続けます。




































































































































0 件のコメント:

コメントを投稿